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最高裁判所第二小法廷 平成2年(行ツ)204号 判決 1991年2月22日

東京都目黒区柿の木坂三丁目五番二号

上告人

島村孝

右訴訟代理人弁護士

石田義俊

佐藤孝一

東京都目黒区目黒五丁目二七番一六号

被上告人

目黒税務署長 伊藤弘邦

右当事者間の東京高等裁判所平成元年(行コ)第一一九号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が平成二年八月二九日に言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人石田義俊、同佐藤孝一の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に基づき、原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法第七条、民訴訟法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木崎良平 裁判官 藤島昭 裁判官 香川保一 裁判官 中島敏次郎)

(平成二年(行ツ)第二〇四号 上告人 島村孝)

上告代理人石田義俊、同佐藤孝一の上告理由

原判決には次のとおり判決に影響を及ぼすことが明らかな法律の解釈適用の誤りがある。

一、(1) 原判決は、「控訴人は各課税処分については、求償債権を放棄したことを前提して放棄当時のコバリの弁済能力の有無を争っていたのに対し、本件通知処分についてはその放棄の無効を前提として新たな事由の発生を主張して争ったものであって、実質的な争点を異にする」という(判決理由一2)。

(2) しかしながら、右は訴訟物の同一性を不当に狭く制限するものであって、誤りである。

上告人は、本件各課税処分についても本件通知処分についても、同一の保証債務履行のため同一の不動産を譲渡して右保証債務を履行したことにつき、主債務者に資力がないため求償権を行使できなかったことを理由として所得税法第六四条第二項の適用を主張しているのである。本件各課税処分については求償債権を放棄したと主張しているが、これはコバリの弁済能力がないと判断して、求償権を行使できないことを明確にするために行ったことである。そして、本件通知処分においてもコバリには弁済能力がないため求償権が行使できないと主張しているのであって、右両処分について、ともにコバリに弁済能力がないため求償権が行使できないという同一の主張をしているのである。

従って、本件各課税処分の取消訴訟の訴訟物と本件通知処分の取消訴訟の訴訟物は同一であり、少なくとも各取消訴訟は実質的に同一の争訟であるというべきである。

二、(1) また原判決は、「控訴人がコバリに対し一旦求償債権を放棄したことにより、コバリは右求償権の放棄を受けたことを原因とする債務免除益を計上して法人税の確定申告書を提出しており、右求償債権については放棄により求償権は消滅したことを前提として、それに応じた税法上の処理がなされてその効果も確定している」から、「控訴人が各課税処分の確定を前提としてその後放棄の無効を理由に訴訟人とコバリとの間で同一内容の求償債権を復活させる合意をしたとしても、いまさら求償債権の放棄を前提とする各課税処分の効力を覆す根拠となるものではなく、税務処理上はせいぜい同額の新たな債権を発生させたものとして処理されるに止まるものというべき」であり、「右復活の合意に基づく債権をもって一旦消滅した求償債権と同一視することはできず」、「平成元年三月二八日付けの裁決の審理対象として控訴人が主張している求償債権は、当初放棄した求償債権、すなわち、本件各課税処分の審理対象となっている求償債権と同一であるとの主張は採用できない」という。

(2) しかしながら、右は上告人の主張を正解しない議論である。

原判決は「右復活の合意に基づく債権をもって一旦消滅した求償債権と同一視することはできない」という。しかし、上告人は、「復活の合意をしたので」「一旦消滅した求償債権」と「同一視すべき債権が発生した」と主張しているのではない。原判決事実摘示にもあるとおり、「控訴人がコバリに対する求償債権を放棄したのは、それにより所得税法六四条二項の適用を受けられるものと誤信したためであり、求償債権の放棄は錯誤により無効である。それゆえ控訴人とコバリは前記即決和解において右求償債権が消滅していないことを確認したのである。したがって、平成元年三月二八日付けの裁決の審理対象として上告人が主張している求償債権は、当初放棄した求償債権と同一であり、本件各課税処分の審理対象となっている求償債権とも全く同一である」と主張しているのである(原判決三丁裏の5)。

即ち、上告人は、「復活の合意」に基づいて別の債権が新たに発生したと主張しているのではなく、債権(求償債権)放棄が無効であるから債務消滅の効果が発生していない(即ち、当初の求償債権がそのまま在続している)と主張しているのである。従ってまた、求償債権が「一旦消滅した」などという主張をしているものではない。上告人は原審において「求償債権の放棄は錯誤により無効であるから債権消滅の効果は発生しておらず、従って本件通知処分の審理対象として上告人が主張している求償債権は本件各課税処分の審理対象となっている求償債権と全く同一のものである」と繰り返し明確に主張しているにも拘らず(原審における控訴人の平成二年三月一九日付準備書面二、(3)、同年七月四日付準備書面六、及び右に引用した原判決事実摘示にある控訴人の主張)、原判決はこれを正解せず、「控訴人とコバリとが債権復活の合意をしたので新しい債権が発生した」、「右新しい債権と、放棄によって消滅した求償債権とは実質的に同一視すべき債権である」と主張しているものと誤解したうえで、右新旧両債権は同一視できないとしているのである。

従って、「求償債権の放棄は錯誤により無効であるから求償債権は消滅しておらず、従って平成元年三月二八日付けの裁決の審理対象として上告人が主張している求償債権は、本件各課税処分の審理対象となっている求償債権と同一のものであり、それゆえ本件通知処分の取消訴訟の訴訟物と本件各課税処分の取消訴訟の訴訟物は同一である」という上告人の原審における主張については、何ら判断が示されていない。原判決には、この点において審理不尽、判断脱漏及び理由不備、理由齟齬の違法がある。

(3) また、原判決は「コバリは求償債権の放棄を受けたことを原因とする債務免除益を計上して法人税の確定申告書を提出しており、右求償債権については放棄により求償債権は消滅したことを前提として、それに応じた税法上の処理がなされてその効果も確定している」から「税務処理上はせいぜい同種の新たな債権を発生させたものとして処理されるに止まるものというべきである」という。

しかしながら、右は本末転倒の議論である。ます第一に判断されるべき事柄は、求償債権の放棄が錯誤により無効であるか否かという点である。そして、この点に関する結論をうけて、本件各課税処分と本件通知処分の各取消訴訟の訴訟物の異同を判断することになる。その結果訴訟物の同一性が認められ、所得税法六四条二項が適用されるのであれば、右各処分は取消されることになるのである。そうなれば、債務免除益を計上したコバリの法人税確定申告が誤りであったことになるから、コバリは改めて右確定申告の誤りを是正する手続をとるべきことになるのである。課税処分はあくまで正しい事実関係に基づいてなされるべきものであって、誤った事実関係に基づいて誤った税務申告(本件ではコバリの法人税確定申告)が先行しているからといって、その後の誤った課税処分(上告人に対する本件各課税処分)の是正が出来ないとするのは転倒した議論であるといわざるを得ないのである。

三、(1) 御庁の判例によれば、「訴えの変更は、変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかならないから、右訴えにつき出訴期間の制限がある場合には、右出訴期間遵守の有無は、変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるとき、又は両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴え提起時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるとき」には、変更前の旧請求に関する訴えの提起時に変更後の新請求に関する訴えの提起があったものと解すべきである(最判昭和五八年九月八日)。

(2) 本件の場合、各課税処分と通知処分の対象となっている事実は全く同一であるから、右両行政処分の取消を求める本件主位的請求と本件予備的請求の訴訟物は全く同一であり、少なくとも右判例のいう「両者の間に存する関係から、新請求に係る訴えを当初の訴え提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるとき」に該当することは明白である。

(3) 従って、本件通知処分の取消を求める訴え(本庁予備的請求に関する訴え)は、本件各課税処分の取消を求める訴え(本件主位的請求に関する訴え)の提起時に提起されたものと同視されるのであり、出訴期間を遵守しているものとみなされるのである。 以上

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